今、ドイツのフライブルグにいて、一昨日と昨日とパフォーマンスをした。
この町から電車で一時間ほどのスイスのバーゼルとの二都市共同舞踏フェスティバル(ダンサーの友人たちが企画したので参加ダンサーも割合知っている人ばかりでした。)に参加させてもらい、先週末の土曜日曜はバーゼルでパフォーマンスとワークショップをして、フライブルグでもだけど、沢山のお客さん、参加者に来ていただいて、みんなでフェスティバルの成功を喜んだ。
パリ在住の私と同じ年ぐらいのダンサー2人(財津暁平さんと渡辺真希さん)とアコーディオニスト(TACAさん)とはバーゼルで一緒で、この9年で初めて、私の師匠2人以外と、企画で一緒になる=生活を共にするということをして新鮮だったのと、色々活動の話を聞いていると鼓舞されるところが多く・・・、そういう友人がいるということをとても幸せに思った。
付け加えるなら、先週は「鬼のように」忙しく、水曜と木曜はバーゼルからパリに戻って公演と、パリ>バーゼル>パリ>フライブルグと移動もあわせて忙しかったけど、珍しく自分が踊ることが多く(最近、ワークショップのほうが多かったから)、色々と気づかせてもらって実りの多い一週間でした。
見難かったら、写真の上をクリックしてください。お使いのブラウザによると思いますが、新しいタブか新しいウィンドウにPICASAの写真アルバムが表示されます。
とはいいまして、も。
11月末には冬篭り…。
来年は一年、日本にいますことのご報告に代えて、
雑な文ですが、パリでの公演プログラムに載せて頂いた文を(少し修正して)ご紹介。
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Kagiroi - shimmering haze
ひがしの野に かぎろひの立つみえて かえりみすれば 月かたぶきぬ
始めはshimmerという英語の単語に「きらめき、(陽炎の)揺らめき」という意味があることに目を留めたことから、陽炎について調べ始めかぎろひという言葉に行き当たりました。
一般に言う「かげろう」、もしくは「輝く日の光」、そして上の柿本人麻呂の一首の和歌のように、「冬の夜明けに山の稜線を縁取る太陽の光」。
もしかしたらその光というのは、夜の終末と新しい日の誕生を一瞬にして切り別け、同時に朝夜の永遠の繰り返しを突き抜けて歌う生命賛歌のようなものかもしれません。
私事ですが、この作品は自分の人生に対する祈りのようなものでもあります。
去年の冬に、ポーランドの小さな村で木も農家も農場の杭も道路も、すべて包み込んだ真っ白な雪景色を見て以来、冬が宿ってしまったような感じがしていて、春になって緑が元気になっていくさま、空気が緩んでいくさまがうっとうしくさえあった時期がありました。
しかし、つらつらと考えて見ますと、私の人生の時期自体が冬に入っているからかなという思いが出てきました。まぁ、新しい時期を迎えるための準備期間に入っているのでしょう。
それならば、この準備をきちんとやり遂げることが私の今出来ることで、いつかくるかぎろいが強く強く光り射し包み込んでくれるように、濃密な冬の期間を生きたいと思っています。
これから一年間、ダンサーとして冬篭りに入ろうかと思います。
戻ってきたときにはヨーロッパ縦断ツアーを考えていますので、またそのときにお会いできたらうれしく思います。
これまでのご支援、大変感謝しています。
大田佑子
