2010-11-14

14th Nov 2010 - Pontedera / エキリブリウム

今、トスカーナ地方のポンテデラにいます。

今日まで一週間、町一番の大きな劇場であり、グロトフスキーが晩年開いていたワークセンターに端を発する、Teatro EraにてGiving Voice Festivalというフェスティバルがあっていました。
で、ぜんぜん予定していなかったのですが、縁があったのでしょう、ポーランドのフィジカルシアター(身体劇?)グループTeatr Zarの4日間ワークショップを受けました。
とはいえ、Voiceが主なフェスティバルなので、ワークショップでしてしたことも多声音楽、合唱です。グルジアの伝統歌の合唱。

合唱といえば、小学校、中学校でしたように楽譜を見ながら音程をひとつひとつ辿りながらするようなもんだと思ってしまうけど、グルジア(ジョージア)での現地リサーチで自身が実際そうやって学んできたように、彼らが歌って私たちは必死で聞いて付いていく方法で授業を進めていきました。
それに、頭だけでなくて体で覚えるように、手振り、足踏みを交えつつ。

参加者の割合として女子10人、男子3人なので、女子はなんとなくいた列を半分ずつに分けられ、片方高音部、もう片方中音部、男子低音部と3パートに分かれて、みなで円になって5時間、ひたすら耳を傾けては、ほかの人、ほかのグループとのバランスや調和を保ちつつ、歌いました。
難しい。

ともすると、日常お風呂やシャワーで気分よく歌ってしまうように、自分の中だけで歌ってしまいがちだけど、ここでは「目を開いて」「他人とコミュニケーションを図り」「講師(コンダクター)の指示を見落とさないように」歌う。
大変。

だけど、 普段、私はソロで踊っているので、グループでお互いに耳を澄ませつつ、何かひとつを作り上げていくという作業も楽しいかった。
みなでひとつの声を作り出すような。
Zarの人が言うには、一人だけでは歌にならない。みんなで歌うことが必要なのだと。

歌が形とするなら、3日目からは即興で自発性を出させるような稽古もあって、講習中はずっとみなでなって円になって歌うわけですが、誰か一人二人が中心に出てきて、調和を保ちつつ、もしくははずしつつ、声を出すという、うーん、日本でも昔昔の儀式でしていた、とか、花見やら宴会でちょっとお調子者が真ん中に出て行くみたいな・・・かんじかな。でも、周りの人は常にある音階やらメロディーを保っていなければならない。



バランス。



10月上旬に幸運にもホドロフスキーのタロットリーディングを受ける機会を得た >>> のだけど、 そのときに出た「私の現在の状況」のカードが『運命の輪 10』。ある時期の終わり、か新しい時期の始まり。転換期なのですね。
その後に「私の気持ち」はと、別に置いてあった古いカードの山から引いたカードも 『運命の輪』で笑いました。

そして、最後に引かされて、「状況のカードとの関連性を自分で見つけなさい」と言われたカードが『正義 8(11とするのもあるとかなんとか)』。
私はタロットに詳しくないので、友人らに聞いてみていると、ある人が 「『運命の輪』の上にいる動物は『正義』に似ていて、横にいる動物二匹がバランスを崩さなければ天秤は動かないように輪が回らない、イコール、状況を変える、状況が変わらないのかもね。」と。

ああ、バランスは保つのが正しかったり良かったりのではなく、崩すのもありなのか、と。
野口三千三氏の文章でもよく、固めて必死でバランスを保持するのではなく、バランスを崩すところからバランスが始まるというようなことを書いてあるのを見ていたのに、まったく学んでいないのだ。


天秤といえば、二年前は牡羊座の人と知り合う、もしくはあんたもか!ということがあったのですが、この一年天秤座と知り合う機会が多くて、なんだろなーと思っていて。


先週末に泊まっていたバルセロナでアパートの階段にも。
こぞって天秤、天秤と現れるのが面白い。