さて、先日歩いて10分ほどの将軍梅の神社に行った。
相変わらず、日が出ると暑いので、ほんの近くまで。
途中に、えびすさんと大黒さんの古い石像があり、もう少し行くと何対かの地蔵と石仏がある一角がある。小学3年生のころに、そこで小さい猫を拾ったりした。
地蔵のところからんぎゃーんぎゃーと枯れ果てた声が聞こえてきていて、恐ろしいもの見たさで覗くと、
声からは想像できないかわいらしい、灰色と白の毛でピンク色の耳と鼻の子猫。生まれて1,2ヶ月だっただろうか。つい手にとって家に連れ帰ってしまったのだ。
そして、久しぶりに地蔵の前に立って見る。
石の持つ力は…と始めると、「パワースポット」、「パワーストーン」とかいう文字がちらちら頭に浮かぶ。私はそこらへん鈍いので何も感じないのであるが。
なんというか、うまく伝わるだろうか、いらいらしている人と微笑んでいる人から受ける印象が違うように、石、古くに加工された石、長くその場所にある石を見ると、ふと、心がしんと落ち着く。
それは水が流れているのを見て気分がさらさらとさわやかになったり、
大木を見てぐんぐんと気が晴れたりするのともまた違うのだ。
それは彼らの過ごす時間の速さが私たちのそれととてつもなく違い、
苔や昆虫が棲むにまかせ、風や外的衝撃が削るにまかせ、
そして重く、体温がなく、そういった彼らの質が私をなだめるのだと思う。
あのころは毎日、神社を抜けて、古い集合住宅地の間を通って、線路を渡ると田んぼが広がっていて、
冬には麦踏と行っていたけど、刈り取った後の霜の下りた米の根元をシャクシャク踏んで、
春にはひばりの登っていく声を陽気の中で聞き、
夏には水の張った田んぼに泳ぐおたまじゃくしやカブトガニ、ゲンゴロウなどを苗々の間を通して見て、
秋には乾いて米の鋭い葉に手を切ることを恐れて、
朝には「できるだけ」急いで、帰りは好きに寄り道して、往復していた。
台風のときは、それこそ大きな風に翻弄された。
その広がった田んぼも10年ほど前から住宅と会社のビルで埋め立てられてしまったけれど。
*Auguri M*
