まずリスボンで3日目にしてようやく、
道端の車と車の間に寝転がって目を閉じている猫を見たとき、
ああここにいるんだなと感じ入った。
そしてポルトで、
暑い夜に飲み屋の外のテーブルに座って、広場を眺めていたら
近所の小さい子供たちがほとんどパンツいっちょで走り回っているのを見たとき、
同じように感じた。
彼らの、その場への馴染み様、というのは、大人たちの意識を開かせてくれる。
ここモウラでは、乾いた大地の上に、たくさんの種類の花々が咲いているし、いろいろの昆虫やら鳥がいる。
健康的である。
昨夜、蜂蜜の瓶をきっちり閉めていなかったので、朝になるとありの行列ができていた。テーブルにおちた蜂蜜一滴にはありが二匹居ついていて、この食いしん坊め!と追い立てて、よくよく見てみると、彼らのおなかは蜂蜜でいっぱいで透けていた。きっと、個体の欲でなく、家族、一族全体と次の世代のために食べ物を集め運んでいるのだ。そう思うと、なんと人間は、私は強欲なのだろうか。
鳥の存在が常にあるというのもうれしく、何千というツバメが餌のためにか、子ツバメが巣立ちをしようと練習しているのか、風につられて右往左往と大群が旋回しているのでうっとりして見ていると、鳩が連れ立ち空を切っていくし、コウノトリがゆったりと通り過ぎて行ったり、雀や白黒黄色の小鳥もあたりを騒がしく跳ねたり飛んだりしている。夜には、たまに梟が屋根を触るようにして、家々の間を縫って飛んでいく。
モウラに来てから楽しみに家のテラスから見ているコウノトリの巣の一羽が、一昨日より飛ぶ練習を始めた。
成鳥になるとくちばしが赤くなる。カカカカカとくちばしを鳴らす。
一度、まねして歯を素早く噛み合わせて音を出してみたら、返事が帰ってきた。
そういえば、ある朝起きたら、テーブルに残ったパン切れに虫氏が挟まっていたので、一緒に焼かれたのかしらとそのままにしておいたら、どうやら、どこからかやってきて居場所を見つけたかった模様。
